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札幌地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決

原告

ネッスル株式会社

右代表者代表取締役

エッチ・ジェイ・シニガー

原告

日高乳業株式会社

右代表者代表取締役

湯浅恭三

右両名訴訟代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

中町誠

被告

北海道地方労働委員会

右代表者会長

二宮喜治

右指定代理人

中島一郎

外五名

補助参加人

ネッスル日本労働組合

右代表者本部執行委員長

斉藤勝一

補助参加人

ネッスル日本労働組合日高支部

右代表者執行委員長

秋田静夫

右両名訴訟代理人弁護士

岡村親宜

古川景一

山田裕祥

右両名訴訟復代理人弁護士

市川守弘

主文

一  被告が、昭和五八年道委不第一号、同第二号及び昭和五九年道委不第五号不当労働行為救済申立事件について、昭和六二年二月二七日付けでした命令の主文第二項後段(「また、同支部に所属する組合員の給与から昭和五八年六月以降昭和五九年六月までの間に控除した組合費相当額及び控除した日から支払い済みに至るまでの間、これに年五パーセントの割合による金員を附加して、同支部に支払わなければならない。」との部分)、及び同主文第四項のうち、原告らに対し、補助参加人ネッスル日本労働組合を名宛人とし、掲示場所を被申立人ネッスル株式会社の正面玄関の見やすい場所として陳謝文の掲示を命じた部分の取り消しを求める原告らの請求をいずれも棄却する。

二  被告がなした右命令のうち、主文第一項、第二項前段(「被申立人日高乳業株式会社は、申立人ネッスル日本労働組合日高支部に所属する各組合員の給与から、組合費を控除してはならない。」との部分)、第三項、及び第四項のうち、原告らに対し、ネッスル日本労働組合日高支部を名宛人として陳謝文の掲示を命じた部分の全部及びネッスル日本労働組合を名宛人とし、掲示場所を原告日高乳業株式会社日高工場の正面玄関の見やすい場所として陳謝文の掲示を命じた部分の取り消しを求める訴えをいずれも却下する。

三  補助参加人ネッスル日本労働組合日高支部の補助参加申立てを却下する。

四  訴訟費用及び補助参加人ネッスル日本労働組合の参加により生じた費用は、いずれも原告らの負担とする。

五  補助参加人ネッスル日本労働組合日高支部の参加により生じた費用及び参加に対する異議により生じた費用は、いずれも同補助参加人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告が、昭和五八年道委不第一号、同第二号及び昭和五九年道委不第五号不当労働行為救済申立事件について、昭和六二年二月二七日付でした命令のうち、主文第一項ないし第四項の部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一救済命令の存在

被告は、原告らに対し、昭和六二年二月二七日、補助参加人ネッスル日本労働組合(以下「補助参加人ネッスル労組」という。)を申立人とする昭和五八年道委不第一号及び同第二号不当労働行為救済申立事件、補助参加人ネッスル労組及びネッスル日本労働組合日高支部を申立人とする(以下、右申立人らを「補助参加人ネッスル労組ら申立人」という。)昭和五九年道委不第五号不当労働行為救済申立事件(以下、以上の救済申立てを「本件各救済申立て」という。)について、別紙救済命令主文目録記載の命令(以下、同目録記載一項ないし四項の救済命令を「本件救済命令」という。)を発し、右命令書の写しは、同年三月五日原告日高乳業株式会社(以下「原告日高乳業」という。)に、同月六日原告ネッスル株式会社(以下「原告ネッスル」という。)にそれぞれ交付された。

二被告の主張(抗弁)

本件救済命令を発した理由は原告らが次の不当労働行為を行ったからである。

1  原告らの関係

(一) 原告日高乳業は、原告ネッスルとは別法人であるが、原告ネッスルと業務提携をし、かつ、従業員はすべて原告ネッスルからの在籍出向者であって、事実上原告ネッスルの一工場として経営されていた。

なお、原告日高乳業は、昭和六二年四月、西日本酪農協同株式会社に対し、原告日高乳業日高工場(以下「日高工場」という。)の営業権の一切を譲渡した。

(二) 原告ネッスルと元ネッスル日本労働組合(補助参加人ネッスル労組が分離独立する以前の労働組合。以下「元ネッスル労組」という。)との間で締結された労働協約一五条一項では「会社と組合との団体交渉は、会社の従業員である組合員の中から選任された組合代表者と会社代表者との間で、神戸本社において行う。更に、一つの工場又は販売事業所だけに関係する事項についての交渉は、その工場又は販売事業所の会社代表者と組合支部代表者との間で行う。」と協定され、さらに、同協定に関して、原告日高乳業と元ネッスル労組との間において、同労働協約は日高工場にも適用されると協定されていた。そして、日高工場だけに関する事項についての団体交渉は、従前から、日高工場の工場長(以下、「日高工場長」という。)と元ネッスル労働組合日高支部(本件救済命令手続中のネッスル労組日高支部が分離独立する以前の元ネッスル労組日高支部。以下右元ネッスル労組日高支部を「元労組日高支部」といい、右分離独立した右支部組合を「前労組日高支部」という。)との間で行われてきた。

(三) 以上の原告らの関係からして、原告日高乳業の行った不当労働行為は、原告ネッスルの不当労働行為とみなされることになる。

2  不当労働行為

(一) 原告日高乳業は、昭和五八年九月一六日付けで補助参加人ネッスル労組の支部組合である前労組日高支部が申し入れた組合費控除等に関する団体交渉を拒否した。

(二) 原告日高乳業は、昭和五八年二月一五日ころ以降数回にわたる前労組日高支部から出されていた同組合所属組合員の給与から組合費を控除することの中止要求を無視して、同年六月以降昭和五九年六月までの間、同組合所属の組合員三一名の者の給与から組合費(総額三二四万五二九〇円)を控除し、かつ、その返還要求に応じなかった。

(三) 日高工場長などの管理職及び係長らは、後日前労組日高支部を組織するにいたった者らに対し(以下、本項では、単に「だれだれに対し」という。)、次のような言動に及んだ。これらの言動は、同時期に多数回にわたって行われ、かつ、その発言内容もほぼ同趣旨のものであったことなどからして、右管理職及び係長らが原告らの意を受けて、スト権投票及び元ネッスル労組の第一七回定期全国大会(以下「第一七回大会」という。)の開催などに向けて、補助参加人らの組合を弱体化させる意図のもとに、組織的かつ計画的に行った、反組合的、支配介入の言動であった。

(1) 一九八二年春闘(以下「八二年春闘」という。)スト権投票に関連して、昭和五七年三月一九日、立石春夫係長は、桜井喜久夫に対し、「現在の本部役員は共産党である。会社も今が大変な時なので、このまま本年度のスト権が確立すると会社があぶない。現在の執行部では会社はなくなる。会社あっての組合である。そのため、現在の本部役員を替える必要がある。本年度のスト権を否認せよ。」と迫ったほか、矢野政次、川添智也又は吉田勇ら各係長は、同月一四日から同年四月中旬にかけて前後四回にわたり、橋本孝、堂下健次又は近藤十二らに対し、個別的に右同様の反組合的、支配介入の言動に及んだ。

(2) 第一七会大会開催に関連して、立石春夫係長は、昭和五七年七月二六日、堂下健次に対し、「本部の役員は共産党だから役員を変えたい。ぜひわれわれの推薦した代議員に頼む。」と述べたほか、立石春夫、吉田勇又は宮本重遠ら各係長は、同年五月二九日から同年八月六日までの間前後四回にわたり、堂下健次、近藤十二、近井敏幸又は藤崎満に対し、個別的に右同様の反組合的、支配介入の言動に及んだ。

(3) 第一一回定期日高支部大会に関連して、日高工場勤務の係長及び班長で発足した日高支部再建委員会の構成員星正三係長は、昭和五七年一二月九日、大沼浩に対し、今の組合のやり方だったら会社をつぶす等と述べたほか、同委員会の構成員佐藤兼次係長は、同月三日、三浦俊弘に対し、「お前は会社の方針を裏切った。仕事はどうでもいい。会社の方針に従えばいいんだ。」と述べた。

(4) 原告日高乳業の萩野直総務課長は、昭和五七年一二月二三日、後日前労組日高支部を組織するにいたった者らに対し、同人らの組合活動に対する日高支部再建委員会の抗議行動に参加するよう指示したり、長岡正康品質管理課長は、同年一二月ころ、津川悟に対し、「今の本部は共産党だ。共産党は会社を駄目にする。この会社にも共産党がいて党員ということを隠している。あんたは民青に入っているか。お前も来年になると考えが変わる。」と述べたほか、山本修製造課長は、同年八月から昭和五八年一月六日までの間前後三回にわたり、清水正晴、内記義雄又は堂下健次に対し、個別的に右同様の反組合的、支配介入の言動に及んだ。

三原告らの認否と反論

1  抗弁1(一)のうち、原告日高乳業が原告ネッスルと別法人であることは認め、その余の事実(原告日高乳業が昭和六二年四月に西日本酪農協同株式会社に対し、日高工場の営業権の一切を譲渡したことを除く。)は否認する。

なお、原告らは、創業の経緯を異にし、各々独立採算の経営を行い、互いに資本関係は一切ない。また、原告日高乳業の正社員の中には原告ネッスルからの出向社員が存在したが、原告日高乳業の役員は原告ネッスルと何のかかわりもなく、原告日高乳業に勤務する臨時職員は全て同会社が独自に採用し、独自にその労働条件を決定し、独自に労務管理をしてきたものである。原告日高乳業は原告ネッスルとの業務提携に従って原告ネッスルの製品を製造していたが、同時に全脂粉乳、脱脂粉乳、バター等、原告日高乳業独自の製品も製造し、その営業活動も行ってきた。このように、原告日高乳業は、原告ネッスルの協力会社ということはできても、事実上原告ネッスルの一工場として経営されているといった実態は全くない。

したがって、被告が本件において不当に使用者概念を拡張し原告ネッスルについて被申立人適格ありとして救済命令を発した部分は労組法第七条所定の使用者の解釈・適用を誤ったものである。

2  抗弁1(二)の事実は認める。

3(一)  抗弁2(一)の事実は認める。

なお、前労組日高支部は、昭和五八年九月一六日当時、未だ労働組合として存在しない組織であったから、原告日高乳業にその団体交渉に応じる義務はなかった。

(二)  抗弁2(二)のうち、控除組合費の総額が三二四万五二九〇円であった事実は否認し、その余の事実は認める。

(三)  抗弁2(三)のうち、被告主張の言動がなされた事実は否認する。

4  原告日高乳業に対し、組合費控除相当額に対する年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を命じた部分は、不当労働行為の事実上の救済を行うことを目的とする不当労働行為救済命令制度の目的を越え、労働委員会の権限に属しないものであって、違法である。

四原告らの主張(再抗弁)

1  補助参加人労組ネッスルら申立人の当事者適格の欠如

補助参加人労組ネッスルら申立人は、いずれも本件各救済申立ての当事者適格がない。

すなわち、同人らが本件各救済申立てをしたのは、昭和五八年道委不第一号事件が昭和五八年一月一二日、同第二号事件が同月二〇日であった。ところで、補助参加人ネッスル労組が成立したのは同年三月二〇日であった。したがって、補助参加人労組ネッスルら申立人は、本件各救済申立ての時点では存在していなかったことになる。

本件各救済申立時に当事者能力を欠如していることは本件救済命令における重大な瑕疵である。

2  本件各救済申立ての取下げ

前労組日高支部は、昭和六二年三月六日付けで本件各救済申立ての取下書を被告に提出した。

なお、被告に右取下書が到達した日は同月九日であり、本件救済命令の後であるが、前労組日高支部は、右取下書の提出により、本件各救済を求める意思を放棄したことが明らかである。このように救済命令が発せられた後であっても、もはや申立人が救済を求める意思を放棄したことが明らかなときにはその命令を維持する必要はない。したがって、本件救済命令は取り消されるべきである。

3  本件申立人の解散等による消滅

前労組日高支部は、昭和六二年三月二〇日解散し、かつ、同日ころ、日高工場からその組合員が一人もいなくなったのであるから、その段階で消滅した。

したがって、本命令は履行不能なものとしてその拘束力を失ったことは明白である。

4  ポストノーティス条項は憲法一九条に違反する。

被告は、本件救済命令主文第四項において、原告らの意に反し、「ここに深く陳謝します」との文言を入れることを原告らに義務付けた。ところで、陳謝とは謝罪と同様に倫理的非難に値する行為についてその非を自認するという心情を外部に表明する行為を意味している。したがって、陳謝することを強制することは、憲法一九条に反するとともに、報復的、懲罰的な性格が強く、原状回復を趣旨とする労働委員会の裁量権の範囲を越えており、違法である。

五被告の認否と反論

1  再抗弁1のうち、原告ら主張の日に主張の各救済申立てをした事実は認め、その余の事実は否認する。

補助参加人ネッスル労組が独立した労働組合としての存在が明確になったのは昭和五八年三月二〇日の時点であるが、同補助参加人は、その時点で初めて結成されたものではなく、もともと原告ネッスルに存在していた元ネッスル労組が同補助参加人と三浦一昭を執行委員長とするネッスル日本労働組合(以下「訴外ネッスル労組」という。)の二組合に分離したもので、少なくとも本件各救済申立ての時点には、独立した労働組合として存在していた。

仮に、本件各救済申立時に補助参加人ネッスル労組が成立していなかったとしても、不当労働行為事件の審査は迅速に行われることが要請されていることなどからして、必ずしも審査手続に入る前に労働組合法に基づく労働組合の資格審査に合格しておかなければならないものではなく、仮に本件各救済申立時点では同法に定める労働組合としての要件を満たさない設立中の組合であっても、救済命令についての命令が発せられるまでの間にその労働組合としての要件を充足されれば足りるものであり、そのような場合には不当労働行為についての救済命令申立ての申立人適格を否認すべきものではない。そして、被告は、本件救済命令を発する前に補助参加人ネッスル労組の資格審査をなし、法に適合する旨の決定をした。

2  再抗弁2の事実のうち、昭和六二年三月九日に本件各救済申立ての取下書が被告に提出されたことは認める。

ところで、前労組日高支部は、昭和五八年道委不第一号、昭和五八年道委不第二号についての申立人ではないから、右各事件について申立ての取下げをする余地はない。

さらに、不当労働行為事件に係る救済申立ての取下げは当該申立てから命令書が交付されるまでの間に限り可能であり、右期間経過後は取り下げることができないから(労働委員会規則第三五条第一項)、右期間を経過した後になされた本件取下げは本件救済命令の効力に何らの影響も及ぼさない。

3  再抗弁3の事実のうち、磯貝昭広ら三名が昭和六二年三月二〇日付けで前労組日高支部の解散の決定を行ったこと、及び同日からその組合員が日高工場から一人もいなくなった事実は認め、同人らが解散の権限を有していたことは否認する。

なお、補助参加人ネッスル労組の組合本部規約第一五条二項は「支部の設置、改廃については本部執行委員会の決定による。ただし、この場合は事前または事後に全国大会の承認を得る」とされているところ、その決定及び承認の事実もない。

4  再抗弁4及び5の事実はいずれも争う。

六被告の主張(再々抗弁)

1  取下権限及び解散権限の不存在

本件各救済申立ての取下げ及び前労組日高支部の解散は正当に同補助参加人を代表する者によってなされたものではない。

すなわち、昭和六二年三月六日付け取下書を作成し、又は解散の決定をした磯貝昭広ら三名(当時の組合員全員)は、いずれも同日付け脱退届を補助参加人ネッスル労組の本部執行委員長宛に提出し、同年二月二八日をもって同組合を脱退する旨の意思表示をし、右補助参加人らの組合を脱退し、組合員資格を喪失した。

2  前労組日高支部の再建による存続

原告らは、組織的な組合破壊攻撃、組合員に対する霞ケ浦工場への配転、脱退工作を行い、本件各救済申立時に三九名存在した前労組日高支部の組合員を再開審問終結時には三名まで減少させ、さらに、右三名に対し、昭和六二年四月には日高工場の営業の一切を西日本酪農協同株式会社へ譲渡することになるが、組合に所属し続けるのなら同会社での雇用は保証されないとして組合からの脱退を迫り、右三名に脱退の決意と支部解散決議をさせるとともに、本件各救済命令申立ての取下書を提出させた。しかしながら、前労組日高支部は、昭和六二年七月一八日に開催の本部執行委員会において、日高工場にかって勤務した支部組合員で霞ケ浦工場に配転された者をもって再建日高支部(補助参加人ネッスル日本労働組合日高支部。以下「補助参加人労組日高支部」という。)を構成するものと決定し、同月二五日の支部再建大会で秋田静夫を支部執行委員長に選任した。

3  解散組合の清算のための権利能力の存在

前労組日高支部は、北海道労働委員会の資格審査を受け、労働組合法適用組合の認定を受け、法人登記をなして法人格を取得した。したがって、前労組日高支部は、いまだ清算手続きを完了していないのであるから、現在も清算目的の範囲内で法人格を保有している。

七原告らの認否と反論

再々抗弁事実は争う。

なお、被告主張の再建日高支部(補助参加人労組日高支部)は従前の前労組日高支部とは全く別個の団体である。また、再建日高支部は、組合規約一五条一項(支部は、その事業所又は地方別に設ける)の要件に合致しない。

八原告ら(補助参加人労組日高支部の補助参加申立てについての異議)

本件各救済申立事件の申立人である前労組日高支部は、自然消滅して現在存在せず、補助参加人労組日高支部は、前労組日高支部とはまったく別個の組織であることからして、同補助参加人は、民事訴訟法六四条所定の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」に該当しない。よって、同補助参加人の補助参加の申立ての却下を求める。

第三証拠〈省略〉

第四判断

一補助参加人労組日高支部の補助参加申立てに対する異議について

1  前労組日高支部の消滅について

前労組日高支部は、昭和六二年三月二〇日ころ、日高工場からその組合員が一人もいなくなったことは当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉(ネッスル労働組合規約)によれば、補助参加人ネッスル労組は、その支部組織を設置することができること、その支部は事業所又は実情に応じて地方別に設け、その事業所又は地方の組合別で構成すると規定し、その一つとして日高支部が存在することが認められる。また、前労組日高支部は日高工場に勤務する職員で構成する補助参加人ネッスル労組の支部組合であるところ、日高工場は北海道沙流郡に存在する(右は当事者間に争いがない。)。以上の事実によれば、日高工場に勤務する前労組日高支部所属の組合員が一人も存在しなくなったことは、同支部組合の消滅事由となる。

もっとも、被告は、前労組日高支部は、昭和六二年七月一八日開催の本部執行委員会において、かって日高工場に勤務した支部組合員で霞ケ浦工場に配転された者をもって再建日高支部(補助参加人労組日高支部)を構成するものと決定し、同月二五日の支部再建大会で秋田静夫を支部執行委員長に選任したことにより、再建され、従前の前労組日高支部の承継組合として、継続されたと主張する。しかしながら、右再建日高支部(補助参加人労組日高支部)は、霞ケ浦工場に配転し勤務する者をもって組織されたものであるというのであるから、それは日高工場ないし日高地域に勤務する者の労働組合というものではないこととなり、前記ネッスル労働組合規約一五条一項所定の支部はその事業所又は地方別に設けるとの要件に合致しないものとなる。したがって、右再建日高支部(補助参加人労組日高支部)は、従前の前労組日高支部とは全く別個の組織であると認めるのが相当である。

以上の事実によれば、日高工場に勤務する前労組日高支部所属の組合員が一人も存在しなくなった昭和六二年三月二〇日ころに自然消滅したものと認められるところ、補助参加人労組日高支部が前労組日高支部の権利関係を承継したことを認めるに足りる証拠はない。

2 以上の次第であるから、補助参加人労組日高支部は、本訴に関しては、民事訴訟法六四条所定の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有する第三者」に該当しないこととなり、同補助参加人の補助参加の申立ては却下を免れない。

二本件救済命令の存在について

被告が原告らに対し、昭和六二年二月二七日、補助参加人ネッスル労組を申立人とする昭和五八年道委不第一号及び同第二号不当労働行為救済申立事件、補助参加人ネッスル労組ら申立人を申立人とする昭和五九年道委不第五号不当労働行為救済申立事件について、本件救済命令を発し、右命令書の写しが、昭和六二年三月五日原告日高乳業に、同月六日原告ネッスルにそれぞれ交付されたことは当事者間に争いがない。

三原告ら及び補助参加人ネッスル労組ら申立人の関係について

1  原告らの関係について

次の事実は当事者間に争いがない。

(一) 原告ネッスルは、神戸市中央区に本社を置き、昭和五八年一月当時、その従業員数が約二四〇〇名であった。同原告の従業員らにおいて、昭和四〇年一一月、元ネッスル労組が結成され、昭和五七年八月当時、全国各地に日高支部を含め八支部、組合員数約二〇〇〇名を有していた。

(二) 原告日高乳業は、東京都千代田区に本社を、北海道沙流郡に日高工場を置き、乳製品の製造販売を営み、昭和五八年当時の従業員数は約一三〇名であった。右日高工場には、従前から、元労組日高支部が存在した。

(三) 原告ネッスルと元ネッスル労組との間で、昭和五五年七月一日、労働協約が締結され、団体交渉に関して、「会社と組合との団体交渉は、会社の従業員である組合員の中から選任された組合代表者と会社代表者との間で、神戸本社において行う。更に、一つの工場又は販売事業所だけに関係する事項についての交渉は、その工場又は販売事業所の会社代表者と組合支部代表者との間で行う。」(一五条一項)と合意された。さらに、原告日高乳業と元ネッスル労組との間において、右労働協約は原告日高乳業の工場にも適用される旨協定(〈証拠〉)された。

これらの労働協約により、日高工場だけに関する事項についての団体交渉は、従前から、日高工場長と元労組日高支部との間で行われてきた。

(四) 原告日高乳業は、原告ネッスルとは別法人であるが、原告ネッスルと業務提携し、原告ネッスルの製品をも製造し、かつ、原告日高乳業の正社員の中には原告ネッスルからの出向社員が存在した。

2  元ネッスル労組等が分裂するに至った経緯について

(一) 次の事実は当事者間に争いがない。

(1) 元ネッスル労組は、第一六回定期全国大会を昭和五六年八月二九日から三〇日までの日程で開催予定であったところ、原告ネッスルの管理職らが同大会代議員選挙に介入したとのことから、同月二〇日に急遽大会日程を延期し、本部執行委員会を開催し、本部役員を組合員の一般投票により選出することができる旨、組合規定及び選挙規定を改定した。この規定の改正は同月二七日の全組合員による一般投票により承認され、これに基づき昭和五六年度の本部役員が選出された。

(2) 元ネッスル労組は、昭和五七年七月二〇日、第一七回大会(第一七回定期全国大会)を同年八月二八、二九日の両日に開催すること、同大会代議員選挙の投票日を同月一一日とすること、及び同組合本部役員選挙を前記一般投票により行うことをそれぞれ公示し、次いで、同年七月二九日、右本部役員選挙の投票日を同年八月一一日とすることを公示するとともに、監査委員二名を含む二七名の右本部役員候補者名簿を発表した。

本部執行委員長には、当時現職の川上能弘が会社による組合への介入等を阻止する立場から立候補し(以下、同人を中心として集まった組合員を「組合本部派」という。)、他方、三浦一昭が組合本部の方針を批判する立場から立候補し(以下、同人を中心として集まった組合員を「三浦派」という。)、前記発表の本部役員候補者は、右川上への同調者一〇名、右三浦への同調者一四名との状況となった。

(3) ところが、組合本部派は、昭和五七年八月六日、本部執行委員会を開き、原告ネッスルが職制らをして前記本部役員選挙及び大会代議員選挙への露骨な選挙介入をしており、選挙の公正さが損なわれる状況にあるとして、第一七回大会及び同大会代議員選挙を延期し、本部役員選挙を中止するとともに、同日、この旨を公示した。

この措置に反対する三浦一昭は、本部役員の弾劾、投票の完全実施及び定期又は臨時全国大会の開催を求める署名運動を各支部で展開し、同趣旨の要求書を本部執行委員会に提出した。

(4) 組合本部派は、昭和五七年九月二四日、本部執行委員会を開き、本部役員選挙を一般投票の方法で同年一〇月三〇日に、同大会代議員選挙を同月一八日にそれぞれ実施すること、第一七回大会を同年一一月六、七日の両日に開催することを決定し、これを公示するとともに、前記署名運動に参加した三浦一昭ら一〇一名を権利停止等の制裁処分に付することを決定した。

(5) 右大会代議員選挙では、組合本部派を支持する者四二名、これに反対し三浦派を支持する者三五名が大会代議員として選出され、昭和五七年一一月三日開票の本部役員選挙では、本部執行委員長に三浦一昭が、同書記長に田中康紀、同副書記長に浜田一男、同執行委員に伊東忠夫の四名が当選し、その他の役員一〇名(当時の組合本部派を支持する者一名、これに反対する者九名)はその得票数が有効投票の過半数に達しなかったため、信任投票に付されることとなった。

(6) 第一七回大会は、昭和五七年一一月六、七日の両日に開催されたが、三浦派三五名が本部役員の信任投票が済んでいないこと等を理由に出席しなかったために、定足数を割ることとなった。ところが、組合本部派の四二名は、右欠席者三五名は自らの権利義務を放棄したものであり、議決権を有しないとして、予定どおりに大会を開催した。

(7) 三浦一昭は、昭和五七年一一月八日、原告ネッスルに対し、本部執行委員長に三浦一昭が、同書記長に田中康紀、同副書記長に浜田一男、同執行委員に伊東忠夫の四名が選出され、その他の役員一〇名は信任投票によって選出する予定である旨を通知した。

さらに、三浦一昭は、同月九日、神戸地方裁判所に対し、第一七回大会の効力停止、三浦一昭ネッスル労組執行委員長の地位確認、三浦一昭ら二名の一一月六日付け権利停止処分の効力停止を求める仮処分申請をし、同月一三日、右権利停止処分について、その効力を停止する旨の同裁判所の決定を得た。

(8) 昭和五七年一一月一三日、組合本部派によって、第一七回大会続行大会が開催された。

そこで、三浦一昭ら一三名は、同月一七日ないし同月二七日に、神戸地方裁判所に対し、第一七回大会続行大会で決議された三浦一昭ら一三名の組合員権利停止処分の効力停止、及び同三浦が本部執行委員長としての職務を執行することの妨害禁止の仮処分を申請し、その後いずれも申請どおりの仮処分決定を得た。

(二) 〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 組合本部派は、昭和五七年一一月六日に開催された第一七回大会において、当日大会に欠席した三浦一昭ら一三名を権利停止の制裁に付する旨を決定し、右三浦ほか二名について本部役員を解任する旨を原告ネッスルに通告した。翌七日には、本部書記長田中康紀、同副書記長浜田一男、同執行委員伊東忠夫の三名が団結権強化のための方針を遵守し、実践すること、及びインフォーマル組織に加わっていない旨の誓約書を提出することを条件として、同人らの役員就任を認める旨を決議した。しかしながら、右三名は右誓約書を提出しなかった。次いで、組合本部派は、同月一三日に第一七回大会続行大会を組合本部派の代議員三九名の出席で開催し、再度、三浦一昭に対し、前記同様の組合員権利停止処分に付すること、及び本部書記長田中康紀、同副書記長浜田一男、同執行委員伊東忠夫の三名を役員に就任させないことを決議し、出席代議員らによって、斉藤勝一を執行委員長とする委員一一名を選出した。

(2) 斉藤勝一ら組合本部派は、昭和五七年一一月一九、二〇日の両日、本部執行委員会を開催し、昭和五八年一月一五、一六日の両日に支部大会を開催することを決定し、昭和五七年一二月五日には、三浦派が各支部で組合本部派が決定した団結権強化の方針に反した支部大会の開催や支部役員選挙を画策しているとして、全組合員に対し、この方針に反する選挙や支部大会に参加せず、組合本部派組合員であることの確認書の提出を求める等の本部執行委員会決定をなした。

(3) 斉藤勝一ら組合本部派は、昭和五七年一二月二九日、第一八回臨時全国大会を昭和五八年一月一五日に開催すること、及び同大会は前記確認書を提出した組合員で構成することを公示し、当日、約一六〇名の出席で同大会を開催し、前記確認書を提出した二六九名の組合員がネッスル労組の組合員であり、これを提出しなかった者は同組合から集団脱退したものである旨の大会決議を採択し、同組合所属の組合員を確認し、これを基にして、全国大会の代議員二七名を選出した。そして、同年三月二〇日、このうちの二六名の代議員の出席を得て、第一九回臨時全国大会を開催し、斉藤勝一執行委員長らを再選した。

(4) 一方、三浦派は、昭和五七年一二月一五日に大阪支部で大会を開催したのに引き続き、島田、姫路等の各支部で順次大会を開催した。次いで、三浦派は、昭和五八年六月四、五日の両日、第一回臨時全国大会を開催し、昭和五七年度の本部役員選挙において三浦一昭ら三浦派の役員が選任され、就任したこと、第一七回大会の決議等はすべて無効であること、斉藤勝一の組合本部派の行動は規約違反の分派行動であり、統制違反行動であると確認した。

(5) 組合本部派を支持する佐藤秀雄は、昭和五七年一二月三一日、第一一回定期日高支部大会を翌年一月八日に開催するが、大会出席には、確認書及び誓約書が必要である旨を公示した。同労組は、右確認書を提出した組合員三四名の出席で右大会を開催し、右大会をボイコットした者らは自ら支部組合員資格を放棄し、集団脱退したものとみなすことを確認するとともに、右佐藤を同支部の執行委員長に選出し、同月一〇日に日高工場長香坂昌道に支部役員名簿を提出したが、その受領を拒否された。

(6) 右佐藤秀雄は、昭和五八年四月一六日、第一二回臨時日高支部大会を開催し、改めて役員選挙をやり直し、佐藤秀雄を執行委員長に選任したほか、その他の役員を選出し、新たに支部自らが団体交渉権を有する旨の条項を含む同支部の規約を制定した。

(7) 三浦派を支持する吉田勇を中心とする組合員ら七〇名は、昭和五八年四月二八日、元労組日高支部に対し、臨時日高支部大会の開催を要請したが、拒否されたため、同年五月一三日に自派に所属する西田修一を同大会の招集権者と決め、これを受けた西田修一は、同月一六日に臨時日高支部大会を開催すること、及び支部役員の選挙を行うことを公示した。

(8) 右吉田勇を中心とする組合員ら七一名は、昭和五八年五月一六日、日高支部臨時大会を開催し、吉田勇を執行委員長とする役員を選出するとともに、同年六月三日、日高工場長に対し、支部役員が執行委員長佐藤秀雄ら一二名から吉田勇を執行委員長とする役員一二名に変更された旨の通知をなし、同工場長はこれを受理した。

(三) 以上の事実によれば、元ネッスル労組については、斉藤勝一らが自派の統制下での執行部体制のもとに、組合組織の存在及び独自の活動を外部に宣言した昭和五七年一二月二九日の第一八回臨時全国大会開催の公示をもって、組合本部派は、右斉藤を中心とする補助参加人ネッスル労組として分離独立した労働組合となり、三浦一昭を中心とする元ネッスル労組とは別個に存在するに至り、元労組日高支部については、右斉藤らが自派の統制下の組合支部組織の存在及び独自の活動を外部に宣言し、その執行部体制を確立した第一一回定期日高支部大会の開催日の昭和五八年一月八日をもって、佐藤秀雄を支部委員長とする前労組日高支部として分離独立した労働組合となり、三浦派を中心とする元労組日高支部とは別個に存在するに至り(以下、右分離独立後の元労組日高支部を「訴外労組日高支部」という。)、それぞれ独立した二つの労組が併存する状態になったと認めるのが相当である。

四補助参加人ネッスル労組ら申立人の本件各救済申立ての当事者適格について

昭和五八年一月一二日に昭和五八年道委不第一号事件の、同月二〇日に昭和五八年道委不第二号事件の本件各救済申立てがなされたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、補助参加人ネッスル労組ら申立人は、昭和五九年二月二五日、原告らを被申立人とする昭和五九年道委不第五号不当労働行為救済申立事件の救済申立てをし、その中で、原告らに対し、前労組日高支部は別紙救済命令主文目録記載第二項の、右申立人両名は同第四項の救済をそれぞれ求めたことが認められる。

ところで、労組組合法二条及び五条二項の要件は、不当労働行為の救済申立時に要件を充足している必要はなく、合議の時点までにそれが充足されればよいと解するのが相当である。そして、補助参加人ネッスル及び前労組日高支部がそれぞれ独立した労働組合としての存在を明確にし、執行部体制を確立したのは、補助参加人ネッスル労組が昭和五七年一二月二九日であり、前労組日高支部が同年一月八日であったことは、前記説示のとおりである。ところで、〈証拠〉によれば、被告は、本件救済命令を発する前に前労組日高支部の資格審査をし、昭和五八年一一月二五日に法に適合する旨の決定をしたことが認められ、さらに、以上の事実に被告が補助参加労組ネッスルの本件各救済申立てについて、その実体的審理に入り、本件救済命令をだすに至った(当事者間に争いがない。)事実を総合すると、同補助参加人が本件各救済事件の合議の時点までに、前記要件を充足し、有資格であるとの審理がなされたと推認できる。

以上の次第で、補助参加人ネッスル労組ら申立人は、本件各救済申立てについての当事者適格を有していたものと認める。

五申立人前労組日高支部に関する本件救済命令(ただし、主文二項のうちの控除組合費の返還を命じた部分を除く。)について

1  前労組日高支部の消滅について

前労組日高支部は、日高工場に勤務する前労組日高支部所属の組合員が一人も存在しなくなった昭和六二年三月二〇日ころに自然消滅したことは、前記一1で認定のところである。

2 ところで、本件救済命令主文第一項、主文第二項のうちの「被申立人日高乳業株式会社は、申立人ネッスル日本労働労組日高支部に所属する各組合員の給与から、組合費を控除してはならない。」との部分、第三項、及び第四項のうち前労組日高支部を名宛人として陳謝文の掲示を命じた部分は、いずれも原告らに命じられた相手方である前労組日高支部が消滅したというのであるから、現在においては、右命令部分を遵守するに由なく、また、右命令に違反する事態の発生することはあり得ないことになる。したがって、右命令部分が確定し存続するとしても、原告らにとっては何らの義務あるいは負担を伴うものではないので、右命令部分取り消す必要性は存しなくなったものといわざるを得ない。

以上によれば、原告らに対する本件救済命令のうち、右各命令部分は、訴えの利益を欠くものとして不適当であるから、その余の点につき判断するまでもなく、却下を免れない。

六控除組合費の返還命令関係(主文第二項の金銭支払関係)について

1  組合費の控除について

(一) 次の事実は当事者間に争いがない。

(1) 原告ネッスルと元ネッスル労組とは、補助参加人ネッスル労組及び前労組日高支部の独立以前に、元労組日高支部から毎月提出される組合費控除対象者名簿に基づき同組合員の給与から組合費を控除し、毎月の給与支払日に同支部の指定する取扱金融機関の口座に振り込む旨のチェックオフ協定を結んだ。

(2) 原告日高乳業は、昭和五八年二月一五日ころ以降、数回にわたる前労組日高支部からの、所属組合員の給与から組合費を控除することの中止要求を無視して、同年六月以降昭和五九年六月までの間、同組合所属の組合員三一名の者の給与から組合費を控除し、かつ、その返還要求に応じなかった。

(二) 〈証拠〉によれば、前労組日高支部の組合員三一名は、原告ネッスル労組に対し、日高工場長の行っている給与からの組合費控除に関する交渉を委託したこと、前労組日高支部は、昭和五八年九月一六日、日高工場長に対し、チェックオフの中止を要求したことが認められる。

また、〈証拠〉及び補助参加人ネッスル日本労働組合日高支部代表者秋田静夫の供述によれば、右控除組合費の総額は三二四万五二九〇円であったことが認められる。

2  本件各救済申立ての取下げについて

原告日高乳業は、前労組日高支部が昭和六二年三月六日付けで本件各救済申立ての取下書を被告に提出したと主張する。

ところで、被告に右取下書が到達した日が同原告へ本件救済命令が交付された日(同月五日)の後である同月九日であったことは、当事者間に争いがない。されば、不当労働行為事件に係る救済申立ての取下げは当該申立てから命令書が交付されるまでの間に限り可能であり、右期間経過後は取り下げることができないのであるから(労働委員会規則第三五条第一項)、右期間を経過した後になされた本件取下げは本件救済命令の効力に何らの影響も及ぼさないこととなる。

さらに、同原告は、本件救済命令の後に申立人が救済申立ての取下書を提出することにより、その救済を求める意思を放棄したことが明らかな場合においては、その命令を維持する必要はないから、本件救済命令は取り消されるべきであると主張するが、右のような場合であっても、すでになされた本件救済命令の効力を左右するものとはならないのであるから、同原告の右主張は採用できない。

3  前労組日高支部の消滅後の法人性について

前労組日高支部は、日高工場勤務の前労組日高支部の組合員が一人も存在しなくなった昭和六二年三月二〇日ころに自然消滅したことは先に認定のところである。

しかしながら、〈証拠〉によれば、前労組日高支部は、被告の資格審査により、昭和五八年一一月二五日に労働組合法適用組合の認定を受け、同年一二月一九日に法人登記をなして法人格を取得したものであることが認められる。したがって、前労組日高支部が右自然消滅した場合又は解散した場合のいずれにおいても、その清算が結了するまでの間は、その清算の目的の範囲内において存続するものである。ところで、前労組日高支部の清算が結了したことについては、何らの主張立証がない。

したがって、本件救済命令主文第二項の金銭に関する公法上の債権関係の事務は、清算の目的の範囲内において行う事務に属するものである。されば、本件救済命令主文第二項の金銭支払を命じた部分は有効に存続していることとなる。

4  組合費控除相当額に対する年五パーセントの支払を命じたこと等について

被告は、本件救済命令において、原告日高乳業に対し、チェックオフに係る組合費相当額及びこれに対する年五パーセントの割合による遅延損害金の返還を個々の組合員でなく、前労組日高支部に支払うよう命じた。しかしながら、このことは、本件において、被告は、前労組日高支部に属する組合員の給与からチェックオフした組合費相当額を返還しないことが前労組日高支部の団結権を侵害する不当労働行為に該当すると判断し、これらの組合活動一般に対する侵害的効果を除去するため、右返還の遅延がなかったと同じ事実上の状態を回復させるという趣旨から、右組合費相当額に年五パーセントの割合による金員を付加して前労組日高支部へ一括交付を命じたものと解される。なお、補助参加人ネッスル労組及び前労組日高支部らは、前労組日高支部に属する組合員各自からの委託を受けて、その返還の交渉権を有していたと認められることは先に認定のところであり、この事実をも斟酌すると、本件の事実関係のもとにおいては、この救済措置が労働委員会に認められた裁量権を逸脱し、救済措置として相当性を欠くとまではいうことができない。

5  まとめ

以上の次第であるから、本件救済命令の主文第二項のうち金銭支払を命じた部分は、救済措置として相当性を欠くとまではいうことができないから、その取消しを求める請求は棄却されるべきである。

七本件救済命令の主文第四項のうち、原告らに対し、補助参加人ネッスル労組を掲示の名宛人とし、掲示場所を日高工場の正面玄関の見やすい場所として、陳謝文の掲示を命じた部分について

日高工場に勤務する原告ネッスルの出向職員は、昭和六二年三月三一日付けで、その出向を解かれて原告ネッスルの他の事業所に転勤となり又は退職して、同工場には原告ネッスルからの出向社員が存在しなくなり(以上は、原告らの自認するところである。)、それに伴い前労組日高支部の組合員も存在しなくなった(当事者間に争いがない。)。さらに、原告日高乳業は、昭和六二年四月、西日本酪農協同株式会社に対し、日高工場の営業権の一切を譲渡した(原告らの明らかに争わないところである。)。

ところで、ポストノーティス命令は、使用者に対し、労働委員会が定めた内容の公示を従業員の見やすい場所に掲示することを命じることにより、使用者の不当労働行為により組合の受けた不利益を回復する方法として認容されるものと解されるところ、右の趣旨によれば、その命じられた陳謝文掲示場所である日高工場が自己の支配下の組織から離れ、しかもその日高工場の従業員並びに前労組日高支部及びその組合員が存在しなくなった場合においては、右命令部分を遵守するに由なく、原告らを拘束しないのであるから、右命令部分を取り消す必要性は存しなくなったものといわざるを得ない。

以上によれば、原告らに対する本件救済命令の主文第四項のうち、原告らに対し、補助参加人ネッスル労組を掲示の名宛人とし、掲示場所を日高工場正面玄関の見やすい場所とする、本件救済命令第四項の陳謝文の掲示を命じた部分は、訴えの利益を欠くものとして不適当であるから、その余の点につき判断するまでもなく、却下を免れない。

八本件救済命令の主文第四項のうち、原告らに対し、補助参加人ネッスル労組を掲示の名宛人とし、掲示場所を原告ネッスルの正面玄関の見やすい場所として、陳謝文の掲示を命じた部分について

1  原告らの不当労働行為について

(一) 次の事実は当事者間に争いがない。

(1) 原告日高乳業は、昭和五八年九月一六日付けで前労組日高支部から申し込まれた組合費控除等に関する団体交渉を拒否した。

(2) 原告日高乳業は、昭和五八年二月一五日ころ以降、数回にわたる前労組日高支部からの、所属組合員の給与から組合費を控除することの中止要求を無視して、同年六月以降昭和五九年六月までの間、同組合所属の組合員三一名の者の給与から組合費を控除し、かつ、その返還要求に応じなかった。

(二) 〈証拠〉によれば、原告日高乳業が右団体交渉等に応じなかったのは、原告らが、原告らの正統な労働組合は三浦一昭が執行委員長に就任した訴外ネッスル労組及びその支部組織である訴外労組日高支部のみであり、補助参加人ネッスル労組及び前労組日高支部を原告らの労働組合として認めなかったことに起因していることが認められる。

(三) 日高工場の管理職らの支配介入の言動について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 日高工場の係長(以下、本項では、単に「係長」という。)は、後日前労組日高支部を組織するにいたった者らに対し(以下、本項では、単に「だれだれに対し」という。)、八二年春闘スト権投票に関連して、次の言動に及んだ。

① 昭和五七年三月一九日、立石春夫係長は、桜井喜久夫に対し、「現在の本部役員は共産党である。会社も今が大変な時なので、このまま本年度のスト権が確立すると会社があぶない。」「現在の執行部では会社はなくなる。会社あっての組合である。そのため、現在の本部役員を替える必要がある。本年度のスト権を否認せよ。」と迫った。〈証拠〉

② 同月下旬ころ、吉田勇係長は、近藤十二に対し、今の組合の本部役員は共産党だ、アカだ、本部はアカだから会社をつぶすかもしれない等と述べた。〈証拠〉

③ 同年四月下旬ころ、立石春夫係長は、上田博に対し、「今の本部役員は共産党だ。本部役員を替えなければ駄目だ。スト権投票は否認するように。」と述べた。〈証拠〉

(2) 日高工場の係長は、後日前労組日高支部を組織するにいたった者らに対し、第一七回大会開催に関連して、次の言動に及んだ。

① 吉田勇係長は、近藤十二に対し、昭和五七年五月二九日、「組合本部の役員は共産党員が大半を占めていて、会社側に対してはまずい。組合側の要求どおりにしていたら、とうてい成り立っていかない。」等と述べ、さらに、同年六月一五日には、同趣旨の話を繰り返したうえで「近藤さんも乗り遅れないようにしたら。」と述べた。〈証拠〉

② 同年七月二六日、立石春夫係長は、堂下健次に対し、「本部の役員は共産党だから役員を替えたい。ぜひわれわれの推薦した代議員に頼む。」と述べた。〈証拠〉

③ 同年八月五日、宮本重遠係長は、近井敏幸に対し、「そろそろ会社側につかないか」と勧誘した。〈証拠〉

④ 同月六日、立石春夫係長は、藤崎満に対し、「今の本部はアカだ。そんな本部には任せておけない。三浦新体制でやって行こう。今の本部についていっても何の進展もない。よく考えておけ。」と述べた。〈証拠〉

(3) 日高工場所属の係長らで発足した日高支部再建委員会の構成員であった係長は、後日前労組日高支部を組織するにいたった者らに対し、第一一回定期日高支部大会に関連して次の言動に及んだ。

① 昭和五七年一二月三日、佐藤廉次係長は、三浦俊弘に対し、「お前はおれを裏切った。」「会社の方針を裏切った。仕事はどうでもいい。会社の方針に従えばいいんだ。」と述べた。〈証拠〉

② 同月九日、星正三係長は、大沼浩に対し、今の組合のやり方だったら会社をつぶす等と述べた。〈証拠〉

(4) 日高工場の課長らは、次の言動に及んだ。

① 昭和五七年八月ころ、製造課長山本修は、清水正晴に対し、「全国大会代議員の堂下健次が立候補している。この件に関して、キー・スタッフの会議でお前が後ろで糸を引いているのではないかと工場長が言っていた。どうなんだ。」と聞かれた。〈証拠〉

② 同月二九日、山本修製造課長は、内記義雄に対し、「会社が今やっていることに内記さんも考えを変えてくれ。」等と述べた。〈証拠〉

③ 同月ころ、岡正康品質管理課長は、津川悟に対し、「今の本部は共産党だ。共産党は会社を駄目にする。この会社にも共産党がいて党員ということを隠しているでしょう。あんたは民青に入っているか。お前も来年になると考えが変わる。」と述べた。〈証拠〉

④ 昭和五八年一月六日、山本修製造課長は、堂下健次に対し、「代議員に立候補したのは、自分の考えで立候補したのか。今どんなふうになっているのか良く見て、おのずから流れに乗っていかなければならないのではないか。」「会社は、二年間予算をもらっているからラインを止めたっていいんだ。言うことを聞かない者は、ラインにつけない。いい返事を期待する」と述べた。〈証拠〉

(四) 〈証拠〉によれば、原告らと元ネッスル労組、組合本部派、補助参加人労組ネッスル及びそれらの支部組合との間では、昭和五六年ころから、労使間の紛争が多発し、労使間の交渉や労使が相互に労働委員会への紛争処理救済申立て、裁判所への仮処分ないし救済命令取消等の訴えを提起するに至ったこと、原告ネッスルは、従来から、同原告から出向し日高工場で勤務する労働者で組織する組合との間で団体交渉等の労使交渉をしてきたことが認められる。

(五) まとめ

以上の、原告ネッスルと元ネッスル労組、組合本部派、補助参加人ネッスル労組及びそれらの支部組合との間には長年にわたり労使紛争が多発していたこと、日高工場における日高工場の課長及び係長らの言動は、同時期に多数回にわたり行われ、かつ、その発言内容においてもほぼ同趣旨のものであること、原告らの前認定の業務提携及び職員の出向関係、原告日高乳業と元ネッスル労組との間において、原告ネッスルと元ネッスル労組との間で締結された昭和五五年七月一七日付け労働協約は原告日高乳業の工場にも適用される旨協定〈証拠〉され、日高工場だけに関する事項についての団体交渉は、従前から、日高工場長と元労組日高支部との間で行われてきたことを総合すると、日高工場の課長及び係長らの前記言動は、同人らが、原告らの意を受けて、スト権投票及び一七回大会の開催などに向けて、補助参加人らの組合の結成を妨害し又はその組織を弱体化させることを意図して、組織的かつ計画的に行った、反組合的、支配介入の言動であったと認めるのが相当である。

2  違憲の主張について

(一) 原告らは、本件救済命令主文第四項は、原告らに対し、「ここに深く陳謝します」との文言を入れることを命じているが、これはその非を自認するという心情を外部に表明する行為を意味しており、陳謝することを強制することは、憲法一九条に反するとともに、報復的、懲罰的な性格が強く、原状回復的を趣旨とする労働委員会の裁量権の範囲を越えており、違法であると主張する。

(二) なるほど、本件救済命令の主文第四項は、原告らに対し、陳謝文という題の下に、「ここに深く陳謝します」との文言を入れており、一見するとこれはその非を自認するという心情を外部に表明させ、陳謝することを強制するととれなくはない。しかしながら、右ポストノーティス命令は、労働委員会によって、原告らの行為が不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ、同種行為の再発を抑制しようとする趣旨のものであることは明らかである。したがって、右掲示文の「ここに深く陳謝します」との文言は同種行為を繰り返さない旨の約束文言を強調する意味を有するに過ぎないものであり、原告らに対して反省等の意思表明を要求することは、右命令の本旨とするところではないと解される。してみると、右命令は原告らに対し、反省等の意思表明を強制するものであるとの見解を前提とする憲法一九条違反の主張は採用できないし、また、原告ら主張の労働委員会の裁量権の範囲を越えているとの主張も採用できない。

九結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、本件救済命令のうち、主文第二項後段(「また、同支部に所属する組合員の給与から昭和五八年六月以降昭和五九年六月までの間に控除した組合費相当額及び控除した日から支払い済みに至るまでの間、これに年五パーセントの割合による金員を附加して、同支部に支払わなければならない。」との部分)及び主文第四項のうち、原告らに対し、ネッスル日本労働組合を名宛人とし、掲示場所を原告ネッスル株式会社の正面玄関の見やすい場所として陳謝文の掲示を命じた部分の取り消しを求める請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、被告がなした右命令のうち、主文第一項、第二項前段(「被申立人日高乳業株式会社は、申立人ネッスル日本労働組合日高支部に所属する各組合員の給与から、組合費を控除してはならない。」との部分)、第三項、及び第四項のうち、原告らに対し、ネッスル日本労働組合日高支部を名宛人として陳謝文の掲示を命じた部分の全部及びネッスル日本労働組合を名宛人とし、掲示場所を原告日高乳業株式会社日高工場の正面玄関の見やすい場所として陳謝文の掲示を命じた部分の取り消しを求める訴えをいずれも訴えの利益を欠くからこれを却下し、補助参加人ネッスル日本労働組合日高支部の補助参加申立ては、理由がないからこれを却下し、訴訟費用及び参加費用並びに参加に対する異議についての費用の負担について、行政訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官畑瀬信行 裁判官石田敏明 裁判官鈴木正弘)

別紙救済命令主文

一 被申立人日高乳業株式会社は、昭和五八年九月一六日付けで申立人ネッスル日本労働組合日高支部執行委員長佐藤秀雄が申し入れた組合費控除等に関する団体交渉に、誠意をもって応じなければならない。

二 被申立人日高乳業株式会社は、申立人ネッスル日本労働組合日高支部に所属する各組合員の給与から、組合費を控除してはならない。

また、同支部に所属する組合員の給与から昭和五八年六月以降昭和五九年六月までの間に控除した組合費相当額及び控除した日から支払い済みに至るまでの間、これに年五パーセントの割合による金員を附加して、同支部に支払わなければならない。

三 被申立人らは、申立人ネッスル日本労働組合日高支部が申し入れた組合費控除等に係る団体交渉を拒否したり、また、同支部に所属する組合員の給与から、組合費を控除し、その返還に応じなかったり、更に、日高支部再建委員会の構成員である係長・班長らの職制を利用するとともに、管理職らをして、同支部の弱体化を図る言動をさせるなどして、同支部の運営に支配介入してはならない。

四 被申立人らは、次の内容の陳謝文を縦一メートル、横1.5メートルの白色木板にかい書で墨書し、被申立人ネッスル株式会社及び同日高乳業株式会社日高工場の各正面玄関の見やすい場所に本命令書の交付の日から七日以内に一〇日間掲示しなければならない。

陳謝文

当社は、昭和五八年九月一六日付けで、貴組合日高支部から申し入れがありました組合費控除等に関する団体交渉に対し、日高乳業株式会社内には、貴支部など二つの日高支部が存在し、かつ、これを認識していたにもかかわらず、吉田勇氏を執行委員長とするネッスル日本労働組合日高支部しか存在せず、佐藤秀雄氏を執行委員長とする貴日高支部は存在しないとの理由で、これを拒否しました。

また、当社及びネッスル日本労働組合間において締結された組合費の控除に係る協定に基づくとの理由で、貴日高支部に所属する組合員の給与から昭和五八年六月以降昭和五九年六月までの間、貴組合及び貴組合員の意に反して組合費を控除し、その返還を求める申入れを拒否しました。

更に、当社は、貴組合を嫌悪し、その弱体化を意図して、当社日高支部工場の管理職ら係長らの職制を利用し、貴組合の本部役員をひぼうしたり、貴支部の組合活動に支配介入する言動をしましたが、これらはいずれも北海道地方労働委員会によって、労働組合法第七条第一号、第二及び第三号に該当する不当労働行為であると認定されました。

ここに深く陳謝致しますとともに、今後このような行為を繰り返さないことを誓います。

昭和 年 月 日(掲示する初日を記載すること。)

ネッスル日本労働組合 本部執行委員長斉藤勝一殿

ネッスル日本労働組合日高支部 支部執行委員長磯貝昭広殿

ネッスル株式会社 代表取締役社長H・J・シニガー

日高乳業株式会社 代表取締役社長湯浅恭三

五 昭和五六年七月二三日、苫小牧市内で開かれた製造課長会議において、被申立人らが、係長らの職制を利用して支配介入の言動をした旨の申立ては、これを却下する。

六 申立人らのその余の申立ては、これを棄却する。

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